サイレント ボイス
伸ばされた手を掴んだら
温かいものが胸に灯った
失う事が怖くなった
そして
伸ばした手は
届かなかった――――
世界が変わったら、刹那と一緒にいたい。
そう言って笑ってくれた相手はもういない。
刹那・F・セイエイはその石を見詰める事ができず、ただ地面へと目を落としていた。
石、それは十字の形をしていて、下の四角い石版には名前と享年がずらりと鎮座している。
そう、それは墓石。
刹那はこの下で眠る事すらできなかった者を思い出し、胸に抱いた白い薔薇の花束をその前に置いた。
ロックオン・ストラトス。
偽名であるが、自分にとって一番慣れ親しんだ名。
彼はいつもそっけない態度をとっていた自分をいたく気に入ったようで、事あるごとに手を出してきた。
最初はうっとうしいと思っていた刹那も、彼のさりげない優しさに戸惑うようになってきた。
優しくされた事なんて、彼が初めてだった。
痛々しいほどに真っ直ぐに世界を見詰めていた刹那を、彼はいつも誇らしげにしていた。
世界を変えたい。年齢なんて関係ない。刹那は自分の意志で世界を変革へと促すのだ。
いつか彼の奥底の憎しみを見て、自分がその対象になったとき、恐ろしいほどの絶望感を味わった。
共に闘っていた仲間だからだと言うだけではない。
彼の大切な者を自分が奪った。たったそれだけの事が無性に悲しくて、悔しくて。
でも彼はそんな刹那の思いを受け止め、最高の誉め言葉で返してくれた。
その夜、いてもたってもいられなくなり、思わず彼の部屋を訪れた。
敵のはずの自分を見る目はどこまでも澄んでいて、何年かぶり熱い涙を頬に流した。
涙なんて、感情なんて死んだと思っていたのに、いつまでたっても泣きじゃくる刹那を、彼は優しく包んでくれて。
『刹那、俺はお前が好きだよ。痛々しくて、真っ直ぐで、本当に、仲間な事が嬉しい』
そう言って優しくキスをくれた。
「ロックオン……」
もう、返事を返してくれるものはいない。
虚空に消えゆく声が名残惜しい。
――なんだ? 刹那
優しい声が聞こえるようだ。大好きな笑顔が見えるようだ。
熱い想いが込み上げ、思わず胸を押さえる。
なぜ彼は一人逝ってしまったのだろうか。
なぜ無茶をした。なぜ思い留まってくれなかった。なぜ自分を残して一人で――――。
雲行きが怪しくなってきた。この地方は多量の雨が降るらしい。
らしい、と言うのは聞いたからだ。これも、彼から。
ぽつ、と頬に雨粒が触れた。
一粒落ちると、あとは滝を連想させるほどの暴雨が辺りを包んだ。
ばたばたと雨の音で周りが遮断される。
刹那はロックオンの墓石を見やると、口を開いた。
何を言っているかは聞こえない。雨の音に邪魔され、刹那の音が聞こえない。
刹那は何かを言った後、踵を返し、丘を下っていった。
彼の目はどこまでもまっすぐに前を見据えていた。
ざわり、と空気が揺らいだ。
墓石の上の水気が飛ぶ。まるで、誰かが持たれかけたかのように。
そこには誰もいない。しかし、地面の水面には、亜麻色の髪が映っていた。
雨に混じり、吐息が聞こえる。
吐息が聞こえなくなったとき、そこには何も映っていなかった。
fin..