2008年 クリスマス小説




 ミーティングが終わった後、ロックオン・ストラトスは刹那(せつな)・F・セイエイの肩を叩いてこう言った。
「刹那、今月の24日の夜は空けとけよ」
 刹那はいぶかしむように眉を寄せ、ロックオンに向き直る。
「何か、あるのか?」
「問1.1224日から25日はなんでしょうか! ハイ、アレルヤ。」
 そのまま退室しようとしていたアレルヤ・ハプティズムは、いきなり話題を振られておたおたと戸惑いながらも正解を導く。
「え? えっと、確かクリスマスイブとクリスマスだよね」
「正解! と、言う訳だ。刹那、24日の夜はオールでデートしようぜ」
「断る」
 ノリノリで話しを運んでいたロックオンは刹那の即答にも近い言葉で肩を落とした。
「刹那〜、ちっとは考えようぜ?」
「お前は神を信じているのか?」
 無神論者の刹那は、逆に視線で人が殺せるなら致命傷になりうるであろう程の眼差しを彼に向ける。
「信じる、信じない以前の問題だな」
 肩を竦まして飄々と応えるロックオンに目で続きを促す。
「用はおよそ2300年前からこの日は世界中で特別な日なんだ。そんな誰でも特別と思える日に俺は一番大事な人と過ごしたいんだよ」
 まあ、それだけじゃないがな。と心の中でロックオンは付け足した。
 そして何事もなかったような顔で刹那の顎を摘み上げる。
「……っ! 俺に触れるな!」
 いつもと同じ文句で手を弾かれる。少し頬を赤らめ、心臓の上を押さえている事から、今の彼のセリフに少なからず動揺した事が見て取れる。
 それに満足そうに笑うロックオンが癪に障ったようで、刹那は眉間の皺をいつも以上にくっきり刻み、背を向けた。
「いつミーティングや訓練が入るか判らない。もし本当に何も入らなかったら付き合ってやる」
 それは確実に訓練が入る事を予想しての回答だった。しかしロックオンにはこの答えで求める以上のもの得たと言う顔でガッツポーズをハロに向かって決めていた。
 後ろの方で「デート、デート」と繰り返しハロが喋っている声が聞こえた。
 むしゃくしゃする気持ちをぶつける当てもなく、刹那は自室の扉を開けた。そしてそこでふたつのベッドを見て、(くだん)のロックオンと今は相部屋に指定されている事を思い出し、盛大に肩を落とした。



 刹那はまだガンダムに不慣れな自分たちは毎日のように訓練をしなければならないと思っているようだが、プトレマイオスのリーダー的存在、スメラギ・李・ノリエガはそういう方面に関しては寛大な事をロックオンは知っていた。
 そしてロックオンは目標ができるととことん突き詰めるタイプであることも刹那は知らない。
 ご褒美は高ければ高いほど燃える。そしてロックオンにとってその目標は大して造作もない事でもあった。
 また、何事にも、ましてやガンダムに関しては手を抜くなど夢にも思わない刹那もまた、ロックオンが密かにスメラギ女史と約束した目標に達するまで大して労を費やさなかった。
 結果、イブの夜、刹那は不慣れな欧米風の服を着てロックオンとホテルの展望台で食事をする羽目になってしまった。
「ホラ、刹那。せっかく高級ホテルのディナーなんだ。もっと笑ったらどうだ」
 ご満悦のロックオンを一瞥すると、地の底から響くような声で刹那は唸った。
「どうやって仕組んだ」
「仕組んだなんて人聞きの悪い。俺はただミススメラギと交渉しただけだ。お前さんと俺、両方がひとつのミッションを100パーセントの確立で敵を殲滅できたらデートしてきてもいいってな」
 ロックオンの言葉に刹那はますます苦い顔をする。
「眉間に皺」
 手袋をしている指を刹那の眉間に当て、ぐりぐりと回す。刹那はされるまま、ただロックオンを睨んでいたが、はあ、と大きく息を吐いた。
「おりょ、どうした?」
「あんたは本当にどこまでも呑気だな」
 指を離され、皮膚に違和感を覚えたのか、片手で眉の間を触ると、その手で頬杖を突き、窓の外を眺める。
「俺たちはあと数年でこの世界に武力介入を開始する。それなのにそんなにヘラヘラ笑っていられるとは、ある意味感心する」
「そりゃどうも」
 さらりと流すロックオンに眉がピクリと上がった。
 何か言おうと口を開きかけた所で、店員がスープを運んできた。
「お、来たぞ。刹那、好きなだけ食え。全部俺の奢りだ」
「どうせ経費で落ちるように仕組むくせに……」
 今日何度目かになるため息を吐いて食事を取ろうと食卓に目を落とすと、刹那の動作が一瞬止まった。
 そしてその後ロックオンを一度見ると、もう一度食卓へと視線を戻す。
 この数ヶ月で刹那観察を欠かさず行ってきたロックオンは、彼の額に汗が一粒ついているのに気が付いた。
「刹那、これは外側から使うんだ」
「そ、それくらい知っている!」
 真っ赤になって反論する刹那をニヨニヨと薄笑いを浮かべ、ロックオンはスプーンをコンソメスープへと浸した。
「へえ、俺はてっきり初めてのフランス料理のコースに戸惑ってるのかと」
「誰がだ! 一通りのマナーは講習でやった!」
「お、これうめえ」
「聞け!」
 赤くなって叫ぶ刹那の頭をぽふぽふと叩き、ロックオンはスープの具をすくうと、刹那の目の前に出した。
「ほら刹那、あーん」
 予想に反して刹那はスプーンを見詰めた後、柔らかそうな唇をスプーンへと触れさせた。
「せっちゃん!?
 さっきのマナー講習でならったのだろうか、口を開けようとして思い立ったように急いで口内のものを飲み込むと、憮然とした態度でロックオンの目を射抜く。
「なんだ? 食べたらいけなかったのか? なら始めから出すな」
「いや、食べていいんだけどな。なんつーか、その、」
 しどろもどろで答えるロックオンをいぶかしむように見詰めると、彼はもうひとつの具材を掬い、刹那の前に持ってきた。今度も刹那はぱくりと食べる。
 ロックオンは何かを噛み締めたような表情で刹那の口からスプーンを抜き取る。
「ロックオン、あんたは食べないのか?」
「刹那、食べさせてくれない?」
「は?」
「だめか?」
 刹那はひとつ瞬きをすると、自分の器から具を取り、ロックオンの前にずい、と出した。
「食え」
「そんな色気のない。ロックオン、あーん。ぐらい言ってくれよ」
「食べないのか?」
「いや、食べる」
 最後の言葉は音速ほどの速さで答え、ロックオンは恐る恐る刹那のスプーンへと口をつける。
 咀嚼したあと飲み込んで、ロックオンはこれ以上ない程の幸せそうな笑みをした。
「うまい」
 少し面食らったように瞬きを繰り返す刹那に、ロックオンは思い出したように足元に隠していた紙袋を取り出した。
「ああ、そうだ。刹那、これプレゼントな。メリークリスマス」
「……え?」
 予想外の反応にロックオンはきょとんと首を傾げる。
「どうした?」
「……プレゼント?」
「ああ」
「ロックオンが、俺に?」
「ああ」
 まだぎこちなく受け取った刹那は包みを開いて目を見開いた。
「エクシア……」
「あとで部屋取ってるから、一緒に作ろうな」
 笑顔で刹那の頭に触れるロックオンを、刹那は一瞬眩しそうな瞳で見上げ、またいつもの無表情でコクン、と頷いた。



 ガンプラのエクシアを一所懸命作る刹那は、どこをどう見てもただの小さな少年にしか見えなかった。
「ほら、刹那。これ忘れてるぞ」
「あ、ああ」
 いつもなら文句を言うだろう時も、素直に相槌を打ち、足りない部品を受け取る。
 ひとつひとつギミックを合わせていく刹那に、ロックオンは微笑ましい気持ちで見守る。
「できた!」
 丁寧に作った成果で、ひとつの狂いもなく完成されたエクシアを、刹那は大事そうに包み込んだ。
「せーつな」
 頬をぷに、とつつき、ロックオンは自分に意識を向かせる。
 まだエクシアを持ったまま不思議そうに振りむく刹那に、ロックオンは少し意地の悪い笑みを浮かべる。
「俺もクリスマスプレゼント、欲しいな」
 今更ながらに気付いたように、刹那は慌てる。確かに自分だけ貰っておいて返さないのは失礼だ。
「でも、俺何も準備してなくて……」
 皆まで言わさずロックオンは刹那の口に人差し指を当てた。
「モノじゃなくて、ね?」
 意味を考え、思いついたところで、ぼふん、と煙が出そうなくらい赤くなる。
「ちょ……お前、それは……」
 しどろもどろで後ずさりする刹那を、ロックオンはソファに押し倒した。顔を包み込むように掌を頬に当て、顔を近づける。
「刹那、俺のこと嫌い?」
「嫌いとか、嫌いじゃないとか……」
 目が逸らせずに顔の近さに息を飲む刹那に、ロックオンは鼻と鼻がくっつきそうなくらい顔を近づける。
 翡翠の両眼に捕らえられ、刹那は身動ぎすらできずにその場に固まる。
「別に最後までやろうって訳じゃないから」
 優しく微笑むロックオンに、刹那は目をこれ以上ないほど見開き今までの倍くらい赤面する。
「ちょっと、離れろ」
 手をロックオンの額に当て押し上げる。ロックオンは少し様子の違う刹那に、一瞬目を丸くし素直に上からのける。
 刹那は身体を起こすと、胸に手を当てて全身の酸素を吐き出すくらい息を吐く。
「おい、どうした? 刹那」
 手を伸ばすと乾いた音がして振り払われた。驚いたような顔の刹那に、ロックオンは訝しげに眉を寄せる。
「刹那?」
 具合でも悪くなったのかと心配そうな面持ちのロックオンに、刹那はエクシアを胸に抱いたままボソリと言った。
「……キスだけなら、いい」
 照れた自分を見られるのが恥ずかしいのか、ふてたように口を尖らす。
 ロックオンは一瞬意味が判らず唖然と口を開けたが、刹那の言葉を飲み込むと嬉しそうに笑ってもう一度刹那をソファに倒す。
「おっけー。超優しくしてやるよ」
「……いちいち押し倒すな」
 不機嫌そうに目を逸らす刹那だったが、今度は大人しくそれに従った。
「刹那、好きだ」
 そう言って顔を近づけてくるロックオンに、刹那は慌てて口を開けた。
 そこで唇を塞がれる。
 口を開けてたので、ロックオンの唇が口内に入ってくる。
 ビクンと身体を震わせロックオンにしがみつく。くちゅ、と口腔を一舐めされ、刹那は震える。
 そっと口を離すと、唾液がロックオンの口を追いかけ、糸を引く。
 刹那は口を押さえて真っ赤になった。
「く、口の……なか、まで……」
 涙目になって訴えてくる。ロックオンは言い訳のように笑うと刹那の上から離れた。
「初ちゅーだな。クリスマスに初キスって嬉しくね?」
「知るか!」
「刹那」
 また何かくるのかと一瞬身構えた刹那に、ロックオンはとても楽しそうに笑って言った。
「メリークリスマス!」
 一瞬きょとんと目を丸くし、ぶすっと口を尖らせて赤面した。
「……メリークリスマス」
 この後、刹那はロックオンに散々弄られ、同じのベッドで眠りについた。









 メリークリスマス!

   fin..