Hate or Like?


 好きなんて、知らない。

 そんな感情、いらない。

 だから、俺に触れるな。

 コロニーの控え室で、刹那・F・セイエイは仰向けに寝転がり、漆黒の天井を眺めていた。
何をするというわけでもなく、ぼぅっと上を眺める。

 フイに右手を伸ばし、宙を掴む仕草をする。何も掴めない掌を眺め、小さく嘆息した。
「ロックオン・ストラトス……」
 頭の中の言葉を吐き出す。そしてはっと周りを見回し、誰もいない事を確認すると、安堵の息を吐いた。
 頬が、僅かに紅潮している。
 今日、彼はそのロックオンから告白された。
 こんなこと言っても困るだろうけど、から始まり人懐っこい笑みを苦笑に変えて、自分が刹那を好きだと言ってくれた。
 変な奴だ、と思い、ユルイ奴だとも思った。
 戦場で生きる自分たちには、そんな感情は邪魔なだけだ。(しがらみ)に捕らわれて、命を落とすだけだ。
 でも、胸の中になにか暖かいものが灯ったのも事実で。
「……変な、奴だ」
 いつも周りを和ませ、笑っているロックオン。余裕なのか、状況がわかっていない馬鹿なのか。
「ロック、オン」
 ロックオンのお得意の銃の形を手で作る。
 もやもやとしたものが胸を過ぎる。独りきりの部屋が、妙に広い。

 ――刹那

 声が聴こえたような気がして扉を見る。誰もいない事に少々落ち込んだ後、何故落ち込むのか腹が立った。
「刹那」
 ベッドに顔を埋め目を閉じると、また声が聴こえた。
(……うるさい)
「刹那」
(まだ聴こえる)
「なんだ、寝てんのか」
 そこまで聞いて顔を上げると、幻聴でも幻でもなく間違いなく彼が自分を覗き込んでいた。
「ロックオン」
 自分の中の誰かが喜んでいる。何がそんなに嬉しいんだ。
「何しに来た」
「刹那に呼ばれたから」
 自分の考えが知られたのかと、顔を紅くする。エメラルドの視線から目を逸らし、口を尖らせる。
「なんだ、図星か」
 慌てて彼の方を見る。ロックオンは嬉しそうに顔を綻ばせ、隣に座った。
「俺の事考えててくれたのか?」
「考えてない」
「嘘」
「嘘じゃない」
 何が楽しいのかロックオンは満面の笑みで刹那の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「俺に触れるな」
 手で払いのけた後、ふい、と横を向いて腕を組む。
 普段なら睨み付けるところだが、今日は何故だか彼の顔を見れない。
 頬が平温以上に熱いし、トクトクと鼓動が早まってくる。
「……うるさい」
 口の中で呟き、胸を叩く。静まる気配はない。
「刹那」
 トクン、と心臓が高鳴った。声が、心地よい。
「俺の事、好き?」
「好きじゃない」
 即答する。キン、と胸が痛んだ。
 隣で大仰に溜息をつく音が聞こえた。
「真面目に答えてくれる?」
「真面目だ」
「刹那〜? 俺あの告白一応かなり決意して言ったんだぞ? せめて返事くらいしてくれよ」
 肩が大きく震えた。
 あの告白の後、刹那は任務があるからとロックオンとムリヤリ分れてきた。その後はなるべく見つからないように細心の注意を払った。
「知らない」
 刹那は俯いたまま答えた。
「刹那?」
「知らない、答えなんてない。そんなもの、いらない」
 黙るロックオンに、刹那は畳み掛けるように捲くし立てた。
「好きな奴なんていない、いらない。ロックオンの事も好きじゃない。だから、もう知らない」
 喋りながら昔の事が甦ってくる。
 前も甘い言葉をかけてきた奴はいた。でも、そいつは刹那を裏切った。そいつの中にも、神はいない。
「じゃあ、嫌い?」
 ロックオンが、問うた。
 刹那の頭の中で言葉が反響する。
 嫌い? そうだ、そう言ってしまえばいい。好きな奴はいない。じゃあ、嫌いなんだ。そうすれば、この男も黙る。そのまま部屋から出て行くだろう。そうだ、言ってしまえばいい。嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ……。
 しかし、どうしてもその言葉が口から出てこない。頷く事もできない。体が拒否しているかのように、刹那はその場で固まった。
 動け、動け、動け……。
 汗が頬を伝い、体が震えてきた。
 言えばいい、言ってしまえば。
 突然、大きな手が頭に置かれた。
 ビクン、と大きく体が脈打つ。
 そのままそれはわしゃわしゃと頭を掻き回す。
「は…? わ、な……」
 目を丸くしてロックオンを見る。すると彼は満足そうな顔でにやにやと笑っている。
「やっとこっち見た」
 そう言われて、真正面からロックオンを見上げている自分に気付いた。いつの間にか、胸の中の固まりも薄くなっている。
「ま、ちょっとは脈アリかな」
 そう言って頭から手を離す。
(何が脈アリなんだ) 
ぐしゃぐしゃになった頭を整えながら、刹那はロックオンを睨み付けた。
「ま、懐かないネコは徐々にってね」
 立ち上がると、ロックオンは刹那の目の前に立った。そして上体を倒してくる。
「は……?」
 瞬きをする間もないほど素早く、ロックオンは、ちゅ、と音を立てて刹那の唇を奪った。
 見る見るうちに刹那の顔が朱に染まった。
「な、何を……!」
「おやすみのちゅー。じゃな」
 ひらひらと片手を振って部屋から出て行く。扉が閉まった後、刹那は傍にあった飲み物の瓶を思いっ切りいない彼に向かって投げつけた。瓶はふわりと宙に舞うと、そのままふよふよ漂った。
「……んとにっ、馬鹿だあいつは」
 ひとり呟くと、刹那はそのまま布団に突っ伏した。



 知らない。

 好きなんていらない、独りでいい。

 今も、これからも、ずっと――――――――――――――――――――――――――本当に?