おもかげ




――いた。


 約束の場所で自分を待っている人物を確認した刹那は、胸が焼け焦げるような感覚に襲われた。
 片手にタバコを持ち、ライターに手を当てている男性。
 一歩、また一歩と足を近づける。
 その面影はまさしくあの人で、あの人と空気も一緒で。
(……違う)
 刹那は頭を振った。
 目の前にいる男はライル・ディランディ。刹那の目の前で散ったニール・ディランディとはまったくの別人だ。
 双子であれども、人間が違えばそれは他人。ライルはニールではなく、逆にニールもライルではない。
 なのに、なぜライルの面持ちはニールのそれに似ているのか。身体つきまで寸分違わずニールのありのままをそこに保っている。
(……違う!)
 刹那は握っていた拳に力を込めた。
 ここに来るまでに、決心したではないか。ニール――先代の、今まで刹那たちがロックオン・ストラトスと呼んでいた人物――とは別人で、なおかつ彼と同じ顔を持つ彼に会うこと。動揺を見せずに、私情も捨てて、冷静に世界の歪みを直すためだけにライルに会うことを。
 いま心に宿っているのは悦びでない。
 ニールは死んだんだ。見たではないか。逃げ場所も、隠れるものさえなく閃光に呑み込まれていくニールの姿を。
 彼に向けていた情はもうどうしようもないのだ。たとえどこまで深く繋がった過去があろうとも、もうニールはいない。会えない、触れない、声も聞けない。
 だから、だから……、



 じゃり、とレンガと靴の間の石が擦れた。彼がこちらに気付く。
 薄い唇を開き、彼は言った。
「あんたか、俺を呼び出したのは」
 言い方まで、言葉のイントネーションまで同じ。震える唇を叱咤し、刹那は厳かに風に言葉を乗せる。
「ライル・ディランディ。カタロンの構成員だな」
 ライルは驚いたように振り返り、敵意に満ちた瞳を向ける。
 ざわ、と体中の産毛が粟立った。ニールにはこんな瞳は向けられたことはない。……いや、一度だけ。刹那がニールの両親が巻き込まれた自爆テロに関わったと知ったとき、彼の心の奥に住む獣は姿を見せた。しかし、その獣は牙を剥かなかった。それどころか、優しく、微笑んだ。
(ロックオンは、死んだんだ)
 目を逸らせない自分の性が辛かった。
 目の前の顔を見続けることが苦痛だった。
 ニールの望んだ世界に。
 それを叶える為だけに今、眼光を彼に向ける。
「アロウズか!」
 すぐにも銃を抜きそうなライルに、胸を掻き毟ったような痛みが襲う。
 ニールとライルは別人だ。
 もはや暗示のように、刹那は自分に言い聞かせる。
「迎えに来た。……ライル・ディランディ、いや……ロックオン・ストラトス」



 いま刹那は思う。
 たとえ姿かたち、魂さえも似ていたとしても、ニールとライルは違う人間。
 ニールの優しさはニールだけのものだ。
 だから、だから………………。

    fin..